残念なニュースがありました。走行中の特急列車の中で女性が
強姦されました。
もちろん、犯行者がもっとも悪いのですが、乗り合わせた客は
被害女性を助けるどころか、誰も通報しなかった・・・・。
犯人にすごまれたのが女性であったなら、怖くて通報できなかったというのも仕方がないだろう。しかし、男性も通報しなかったというのはどういうことだ?!
車内での異変に気づいた時点で車掌に知らせることはできたのではないか。犯行を制止することまではできなかったとしても、車掌に知らせることぐらいはできたであろう。
また、トイレの中で
強姦したとのことであるから、車両の反対側から車掌に知らせたり、携帯電話で警察に通報したりすることはできたのではないか。
さらに、自分ひとりだけではなく、複数の乗客がいたであろうから、乗客同士が協力して何らかの救助方法をとることはできたのではないか。
犯行に直接かかわっていなければ無辜の人なのか?
傍観した時点で乗客は犯行に加担しているのである。いうなれば幇助の罪に問われなければならない。もちろん、今の段階では刑事罰を受けないし、刑事責任を問われることはない。なぜなら、刑事裁判は真実ではなく、事実を審理する場なのであるから。刑事責任はなくとも、社会的な責任としての非難は甘受せざるを得ないだろう。なぜなら、きっと
被害女性は乗客を全く無関係の人だと思っていないだろうから・・・。
イジメの問題で「傍観者」もまた「加害者」であるとの認識は浸透していないのか? いや、認識はしていても、その認識に基づいた合理的な行動ができているとは言いがたいから
イジメはなくならないのだろう。虐待やDVの問題も然り。「不審」には「介入」すべきである・・・と書くと仰々しいが、これはかつては当たり前のようにあった
お節介に相当する。
怪しい健康番組での聞きかじりを押し付けるのは大きなお世話だが、子どもが・・・女性が・・・危険に曝されている可能性があるときに人声かけるのはお節介である。
イジメの傍観者も救助の手を差しのべなかった乗客も同じである。
見て見ぬふり・・・事なかれ主義・・・・役所や政治家の体質を非難する前に、不正を許してしまったオトナとしての自分をまず恥ずべきであろう。
自分ひとりならと見逃す小さな不正は、積み重なって、やがては社会の大きな脅威になる。
被害を受けた女性には、様々な苦痛や困難が待ち受けているだろう。その心情に目を向けたとき・・・助けなかったことを後悔しませんか?・・・良心が痛みませんか・・・?
被害女性が社会生活を取り戻そうとする時・・・・せめて犯罪
被害者煮サポーティブな社会であるように祈りたいと思う。
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