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るみにゃんママ

Author:るみにゃんママ
雑誌のライター、司会業、音声制作の経歴と准看護師の資格を持つ異色のサイコロジストです。
 人からは地獄の釜の底から這い上がってきたカウンセラーと呼ばれています。
動物とお神輿とジャズが大好きなO型、おとめ座、水星人(-)、一白水星、
ちなみに動物占いはタヌキです。

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生きるための資金

今日は義捐金についてアップします。

このシリーズの最初の記事にも書きましたが、
被災者は着の身着のまま、命からがら避難してきているのです。
今日明日、必要なものを手に入れるために1000円でも2000円でも、まず現金が必要になります。
多くの義捐金が集まりましたが、残念ながら
必要な時に必要なお金は間に合いませんでした。

そもそも募金とはなんでしょう?
慈善事業とはなんでしょう?

震災の翌日から横浜中華街の甘栗屋のように募金募金としつこくまとわりつかれ、
募金しなければ蔑んだ目で見られたり、あからさまな嫌味、
そうまでして集めたお金はなかなか被災者には届かない。
不公平のないようにという名目で、死亡者にいくら、全壊家屋にいくら・・・
もらったとしても、亡くなった方は生き返りません、家を建て直すには足りません。
つまり、見舞金としての効果しかないのです。
だから不公平のないように時間をかけて議論して配布するシステムなのです。

しかし、被災者は生きていかなければなりません。
残念ながら亡くなった方は、今日明日の現金はいりません。
まず、生きている人に現金を手渡さなくてはならないのです。
心苦しいのは当然ですが、生きている人に生きるための援助をするのが優先です。
残念ながら、犯罪被害者は生きているから後回しになっているのですが・・・・。


ではどうすればよかったのでしょうか?
大きな慈善団体組織は、まず、被災地ごとに目標額を決めます。
被災状況や人口、大まかでいいのでいくつの県に配布するのかを決めます。
次に、チームごとに資産家や、高額所得者に交渉に行くのです。
日本ではあまり行われませんが、キリスト教圏ではよくあります。
まず、富める者に寄付を求めに行くのです。
また、富める者も寄付の意義を熟知しています。
社会的貢献をしなければどんなに資産があっても「徳」があると認められません。
日本でも、個人で寄付をしたり、賞金を寄付したりする方がいらっしゃいました。
でも、それ以外に富める者はいるでしょう!
セレブを売りにしているタレントがいるでしょう!
長者番付の上から順番でもいいんです。
まずは寄付を求め、まずはそれを各自治体の首長さんに届けるのです。
各自治体に使い方は任せます。
戸別配布もよし、復旧、復興資金に充てるもよし、
公正な配布など被災地は待っていられません。
一日も早く現金を届けるのが大切なのです。
それでも、目標額に届かない、足りない部分は募金です。
策が尽きた! その時にはじめて庶民の懐にすがるしかないと行うのが募金です。

また、個別に学校や伝統芸能、文化遺産の復旧、復興のために、
もっと小さなチームが明確な目的で「私的な」援助を求めるのが募金です。

さらに、慈善活動とはなんでしょう?
3月のまだ寒い空の下で、鼻水をすすりながら募金活動をする若者たち、
風邪を引いたり、インフルエンザになったらどうするのでしょう?
ただえさえ医薬品が足りないのに、貴重な医薬品を無駄食いする気?!
そんな元気な身体があったら働け!!
慈善の心があったら働いて得たお金を寄付しなさい!
春休みでしょう? 親がかりで学校行ってるんでしょう?
だったら生活費に充てなくていいのなら寄付すれば?!

カツアゲに近いやり方で人の懐をあてにするのが慈善活動でしょうか?
大声出しながら突っ立ってるのだったら、帰国してしまった外国人に代わって働いてくれば?

なけなしのおこづかいを募金した子、
スズメの涙ほどのバイト代を募金した学生、
いつ収入が途絶えるかわからない非正規雇用者の志・・・
でも、被災者には届かない・・・。

まずは少しでもいいからできるだけ早く現金を手渡すのが大切なのです。
そのために活動するのが大きな組織の慈善団体の本来のあり方ではないでしょうか。
今のやり方では募金詐欺をどうぞやってくださいといわんばかりのやり方ではないでしょうか。
手数料や職員の手当て、活動資金の問題も取り沙汰されております。

若者たちよ、健康な体があったら働いてください。
親がかりで学校に行って税金も払っていないのに、
一生懸命働いて、リストラの恐怖やパワハラ、セクハラに耐え稼いだ
血と汗と涙の結晶を募金しろというのはおかしいと思いませんか?
少しでもいいから、バイトでもいいから働いて、
その働いて得たお金を募金ではなく、直接、寄付してください。
それが慈善の心です。

他方、企業においても義捐金や物資を提供した企業があります。
是非とも、このような企業には税制優遇していただきたいと思います。
それが当たり前になった時、
犯罪被害者や養護施設にも義捐金や物資が届く時代が来るかもしれませんね。
生き残った人が、今日を、明日を生きるための資金をどうか援助してください。

次回は時期を外してしまった感がありますが、原発についてアップします。

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被災者と被害者の類似点

今回は被災者と被害者の類似点についてまとめてみました。

まず、ツィッターなどでも話題になっていますが、避難所間の格差問題に着目しました。

大きな避難所・・・・・マスコミがたくさん行く
小さな避難所、自宅避難者・・・・・存在すら知られていない

これは、犯罪被害者にも言えることなのですが、大きな事件の被害者は、
マスコミ報道によって多くの方に認知されます。
しかし、小さな避難所や自宅避難をしている被災者は誰にも知られません。
地下鉄サリン事件の被害者だけが特別措置として支援策が講じられ、
小さな街頭犯罪の被害者には何も支援がありません(形骸化した政策ではなく実質的な支援)。

その結果、一方では救援物資は余り、ボランティアを断り・・・
一方では今日明日の食料も届かないという状況になりました。
知人が救援チームで被災地に入りましたが、昨日まであった道路が今日はないという状況だそうです。
つまり、移動すらままならない状況の中で、
どうやって個人が助けを求めに行くことができるでしょうか。

自宅避難をしている人たちの中には、ペットがいるから、
障害者がいるから、要介護者がいるから、という方たちもいますが、
なんとか雨風は当面しのげる家があるから、と言って、
遠慮して避難所に行かない人たちもいるのです。
犯罪被害者も同じです。
殺人などで「家族を亡くされた方がいるから」と遠慮して、
もしくは遺族を脅威に感じて援助を求められない方がたくさんいるのです。

しかし、大きな避難所だろうが、自宅避難であろうが、
生きている人間は食べなければ生きてゆけません。
犯罪被害者も生きていかなければならないのです。

残念なことですが、援助を求められずに自ら死を選んでしまった犯罪被害者もたくさんいるのです。

行方不明者の捜索はとても衛生面からも重要なことです。
しかし、同時にその「能力」を駆使して、人知れず避難している人を見つけてほしいと思います。

あるサイトで、どの避難所に物資が足りないのか?
という書き込みを見ました。
誰にも知られていないわけですからどこに物資が足りていないなんて情報は
一般の人が知ることはできません。

何をいわんや、
声を出せない被災者や犯罪被害者は見つけに行かなければならないのです。
待っていても声は届かないし、支援も届けられないのです。

現実の犯罪被害者支援は、
物資がほしければ大きな避難所まで取りに来い!
家があるだマシなんだから援助物資までほしがるな!
と言っているような状態が現実なのです。

もう1歩踏み込んで言うなら、
災害の場合は、そりゃあひでぇな、なんとかしなきゃと思われますが、
犯罪被害者はそのような状況に追い込まれても誰も何も手助けしないのです。

大きな避難所のように民間の力が及ぶところは民間の力を借りればいい、
でも、小さな避難所や自宅避難の人たちは公的な力で見つけに行かなければ
声を出せない被災者や犯罪被害者は永遠に支援を受けられないでしょう。

この格差によって募る不公平感が「二次被害」のもっとも大きなダメージなのです。
私の修士論文、及び、その後の研究でも明らかになりましたが、
大きな事件の被害者や被害者遺族ばかりに支援が届き、
声すら上げられない自分には何も助けが来ないという不公平感が、
もっとも心身に大きなダメージを与えることがわかりました。

どうか、まだまだ物資が届かない方が、どこかにいる
ということを念頭に置いて捜索活動にあたっていただければと思います。
そして、各行政の方も会議ばかりでなく、足で探しに行ってください。
一人でも多くのまだ誰にも知られていない被災者を発見してください。
生きられる人を助けるために!

次回は義捐金についてアップします。

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いつかの大金より今日の1万

ようやく更新する時間が取れました。

まずはご報告から

前回、甥っ子が大学に合格したことをアップしました。
合格したこと自体、とても運がいいと思ったのですが、
実は、もし、不合格ならその足で後期日程の手続きをするため、
千葉に向かう予定だったのです。
もし、そうなっていたら・・・
私は仕事をキャンセルしてリュック背負ってピックアップしにいかなければならないとこでした。
しかも、浮かれ気分でお祝いなど・・・とも思っていたのですが、
翌日の午前中は、県の学生寮の面接があるとかで、
どうしてもその日のうちに帰らなければならないとのことで
やむなく東京駅で上京するの待ってるよ~と見送ったのです。
そうしたら・・・あの震災・・・。
面接がなかったら液状化した夢の国で足止め食っているところでした。

そう、すべてがタイミングよくて・・・運がいいとしか言いようがないのです。

そして、3月末には上京し、4月から大学生になりました。
残念ながら、入学式は中止となり、代表者だけの入学式はネット配信となりましたが、
夏休みまでにどれだけ逞しくなるか楽しみです。

というわけで・・・心理屋るみにゃんママとしては突っ込みどころ満載で・・・
何からどれからアップしようかというぐらいで・・・

まずは、あたりさわりのないところからということで、

今回も、例によってウマとシカさんがセットになった方たちが
念仏のように「心のケア」などとほざいておりました。

でも、被災者の「心の問題」の99%はお金でカタがつく問題なのです。

つまり、衣食住が根っこになっている問題なのですから。
衣食住が確保されれば一過性の「心の問題」は解消されます。
経済的な支援に対して不安があるから地元を離れる非難も二の足を踏むのです。
期間限定、もしくは、復興の見通しが立てば一時的な転居も選択肢に入り、
その間の経済的な見通し、職に就けるとか、援助が得られるとかの確約があれば「不安」は低減されます。

喉元過ぎればなんとやられ、随分落ち着いてきましたが、
るみにゃんママ的には、「計画停電」実施機関の首都圏の方たちの「心のケア」の方が
よほど心配でした。
「心の問題」の多くは、先々の不安や、終わらない不自由さが根底にあります。
いつまで暗闇、静けさの中で過ごさなければならないのか、
疲れ切った生活の中でたくさんの相談が寄せられました。
被災地と違って「復興のお印」は何もないのです。
励みになる「お印」は何もないのです。
これはマズいなと思いました。
しかし、幸い、数日間で計画停電は原則不実施となり、ようやく落ち着きを取り戻してきたようです。

さて、一方で金銭的な支援が多く集まりました。
根本的な問題が「衣食住」ですから、
まずは今日明日の「食」の確保が最優先となります。
今回は、ものの3日でかなりの金額の義捐金が集まったようですが、
未だ配布に関しては見通しが立たないようです。
しかし、こと、自宅避難をしている方たちにとっては、今日明日の食べ物、着るものが必要なわけです。
つまり、何か月先の何十万より、一万円でもいいから、
今日明日使える一万円が必要なのです。

次に「住」ですが、これは仮設住宅ですね。
公正な配分などといってあ~でもねぇこ~でもねぇ~と議論しているヒマがあったら、
仮設住宅につげこめばいいのです。
被災者の衣食住を一日も早く確保し、そのうえで余剰金があれば配分するという方が得策なのです。
適切なタイミングで適切な援助が得られないために生ずる「心の問題」なのですから、
迅速な衣食住の確保によって「心の問題」は一過性で終息します。
言い換えれば、「お金」である程度解決できる問題に対して、
「心のケア」はあまり意味がありません。
あ~らそうですか、大変ですねぇ~、わかりますよ~などと言っても問題は何も解決しないのです。
もっとわかりやすく言えば、「解決すべき問題」にカウンセリングはいらない、いるのは「お金」です。
「解決すべき問題」が解決し、「克服すべき問題」が生じたときにはじめて心理屋の出番となるのです。

もちろん、個人差はありますし、全く必要がないわけではありません。
しかし、必要以上に「心のケア」を押し売りする必要もないのです。

これまでの経験が何も活かされていないのが残念ですね。

次回はPTSDの問題についてアップします。
いろいろ個別にイチャモンつけたい方もありかと存じますが、
震災関連の記事はしばらく続きますので、一通りお読みいただいたうえで書き込んでいただければと思います。
突っ込みどころがたくさんありすぎて、一度には書ききれません。
ですが、流れには一貫性があるはずなのでひとまず読み飛ばしてください。
なるべく間を開けずにアップする予定です。

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恥ずかしい大人たち

 また悲しいニュースがありました・・・・。


 無差別に次々と殺傷した事件・・・無関係の人を線路に突き落した事件・・・・。


 なんてことを! と思っている人も多いことでしょう。しかし、そういうことをしてしまうほどの「闇の心」のことも考えてください。「心の闇」ではないんです。「闇の心」なんですよ。
 いったい誰が彼らの心を闇の中に封じ込めてしまったのでしょう・・・・?


 若者や少年事件の多くの背景に「イジメ」があります。もちろん、イジメに遭っていたからと言ってすべての人が犯罪者になるわけではありませんし、犯罪の実行を許すこともできません。
 しかし、だからといって無視するわけにもいきません。「イジメ」も「悪いこと」であり、程度によりますが「犯罪」を構成している場合もあります。その被害者は救済しなければならないのです。最初の被害を回復しなければ人格形成に影響を及ぼしたり、犯罪に手を染めてしまったりする危険があるのです。


 さて、そこで考えなければならないのは大人の問題です。「イジメ」を放置したり、心身の救済をしてくれない大人を子どもたちは信頼してくれるでしょうか?


 もう一つ残念な事件がありました。バスの中で携帯電話を使用していた50代の男性を注意した60代の男性が逆に殴り殺されました。しかし、約30分もの間、誰もその行為を止めなかったのです。
 運転手はバスを止めなかったのでしょうか? 他の乗客は? そもそも子供のお手本となるべき大人がバスの中で携帯電話を使用し、注意されたからと言って逆ギレする大人の小言を聞けますか? 利くのはもちろん、聞くことすらできないのは当然ではないですか。


 清く正しく美しく生きていない大人からいったい何を教わればよいのでしょうか?


 「イジメ」をしてしまう歪んだ心にしてしまったのは誰ですか? そう、もちろん、「イジメ」の実行者は非難されなければなりません。しかし、「イジメ」をしてしまうほど心を歪まされた子供を救済することも大切なことなのです。歪まされた心の歪みを戻すには、まず、大人が子供から信頼されなければなりません。


 身勝手な言い分、モノやお金に執着する醜い大人がまず誠実な人にならなくてはなりません。子供に正直者はバカを見ると思わせてはいけないのです。


 生命力の強い子は他害に走り、少し弱い子は自傷に走り・・・弱い子は心身を病み、生命力を失っていきます。


 私は子供たちの屈託のない笑顔を見続けたい・・・安心して暮らせる社会に生きたい・・・だから被害者支援問題に取り組んでいるのです。


とりあえず言ってみるけどね
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被害者自身の社会復帰支援政策が遠のいていく

 先日、ある新聞記事が私の目に飛び込んできました。


警察庁が来年度から公費で講演会を支援


 そんな公費があるなら・・・被害者本人に1万円、いや、千円でもいいから支給してほしいと私は思った。


 犯罪被害者本人にとって、日々、めまぐるしく変動する現代社会の中で、社会生活をしたくてもできずにいることは、死ぬより辛い、毎日が生き地獄のような生活であることがどうして理解してもらえないのだろうか。


 社会の人々に、若者に、子ども達に犯罪被害者の痛みを知ってもらうなら、どうして本人に語らせようとしないのか? なぜ、遺族なのか理解に苦しむ。
 特に、今、遺族の社会活動やマスメディアを通して語られるコメントの多くは、目には目を、歯には歯をという報復感情であり、応報感情という印象を受ける。
 目の前に迫った裁判員制度を前にこのような「報復感情」が「正義」や「正当」なものとしてまかり通るというのは、魔女狩り以外の何者でもない。
 仮に、裁判官が1人であった場合、多数決で判決が下されるわけだから、強い憎しみの感情に裁判員が流されてしまった場合、被告人は不当な判決を受ける可能性は否定できないだろう。


 
 犯罪被害者支援政策は、遺族感情を鎮めるためのものなのだろうか・・・? 「感情」の問題解決は、是非、心理臨床の専門家にご活躍いただければよいのではないか?
 せめて犯罪被害者支援というなら、加害者と同様に、被害者本人が社会生活復帰できるような支援政策を真っ先に考えてもらいたいものである。


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個別事案と警察活動は峻別すべき

 先月20日、警察官がストーキングの末に射殺するという許しがたい事件が発生しました。そして今日、警視総監には戒告、被疑者が所属していた警察署の署長は減給(10分の1、3ヶ月)との報道がありました。


 果たしてこれで警視総監や警察署長の責任は問われなくて済むのでしょうか?
 今回の警視総監や署長の処分は、あくまでも個別事案、つまり、署員が起こした事件についての処分ではないでしょうか。


 振り返ればストーカー絡みの事件はこれだけではなかったはずです。ストーキングの対象者が「不快」な思いをさせるだけではなく、傷害や殺人に発展した事案は枚挙に暇がありません。
 このような事件が報道されるたびに、所轄警察署や警察官の対応の不備が取り沙汰されてきたはずです。


 通称「ストーカー規制法」が制定されてから既に5年以上も経っているのに警察内部の認識が変わっていないことに怒りすら感じます。
 繰り返されてきた事件を教訓に、刑事手続に乗らないように未然に防ぐべき警察官がストーキングをしていたのですから、上司や警視総監の処分だけで済ませてよいのでしょうか。


 被害を訴えても取り合ってくれない・・・被害者を信用してくれない・・・被害届を出させてくれない・・・私はこれまでこのような相談をたくさん聞いてきました。
 今回の事件は、このような被害者を絶望させ、奈落の底に突き落とす事件です。大きく警察官や警察活動の信頼を崩す深刻な事件なのです。


 どんなに上司を処分しても、もっとも早く被害者と接する警察官らのストーカーに対する認識を変えない限り事件を未然に防ぐことはできないでしょう。


 そして、気になるのは減給した分の「お金」はどこへ行くのでしょう? 被疑者の退職金の受け取りは辞退になったということですが、これは是非、被害者のご遺族に差し上げてほしいと思います。そして、減給分は交番勤務の警察官の教育や研修のために使ってほしいと思います。


 交代勤務者、特に交番勤務の警察官の勤務は過酷だと思います。今年のような猛暑の中、外と変わらない交番の中や前での勤務はかなり体力的に過酷な勤務だと思います。また、交代勤務は睡眠や食事が不規則になりがちで体調を崩しやすくしますから、日々更新される情報や、ステップアップのための勉強にまでなかなか手が回らないのではないでしょうか。
 しかし、私たちがもっとも接する機会が多いのはこのような交番勤務の警察官なのです。ですから、警察活動に関する最先端の研究や、最新情報をもっとも私達と接する機会の多い警察官に知っておいてもらいたいと思っています。


 これまで泣き寝入りを強いられてきたストーカー性犯罪の被害者は、当事者から被害を受けるだけではなく、「警察活動」によっても被害を受けてきたのです。
 是非ともこれを機に「事件にしない警察活動」というところに目を向けてもらいたいと思っています。


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